AIを使ってのエンジニア業務がだいぶ大衆的なものになってきましたが、今新卒としてキャリアを歩み始める人にとってAIはどんな存在になるのかをぼんやり考えてみました。
インターン卒のエンジニアを目にした
最近今稼働している現場にインターンの方が入ってきて、その方が4月から正式に入社されました。学生としてチームにジョインしていたその方に振られたタスクは、PythonからGoへのLambda関数の書き換えの仕事でした。それくらいのボリュームであれば組み込み関数の挙動をいくつか考慮するくらいで難しい仕事ではありません。
でもそれは中堅エンジニアにとっての話です。そのタスクをこなしている彼は学生だが悠々とその仕事をこなし、同時進行でインフラ設計が必要なタスクのTerraformの実装も行なっていました。自分が大学せいのときとやっていることのレベルは天と地の差だ。僕が学生の頃にやっていたことといえば、Javaを使えるようになった顔をしながら1クラスに延々と長ったらしいロジックとネストされまくったifとforを詰め込んでいたくらいです。インフラのアーキテクチャは新卒で配属された部署の上司にホワイトボードで懇々と説明を受けるまでクライアントとサーバーの違いもわかりませんでした。
インターン生の彼が優秀なのはもちろんその通りですが、難なくGoとTerraformのコーディングがこなせるのは間違いなくコーディングAIの力も寄与していると思います。
エンジニア像の変化
コーディングして、アーキテクチャを頭で描き言語化する、10年前はこれがエンジニアの高尚なスキルで、専門用語を使いこなして会話することが免許証くらいに見えていました。10年経って僕自身の経験値も増えて視点が変わったこともあるかもしれません。だが確実に専門知識を使いこなすことの価値は下がってきています。
僕が新卒の頃は、技術力の高いエンジニアの知識レベルは雲の上にも思えましたが、今の新卒の方にはどう映るのでしょうか。ぶっちゃけ知る人ぞ知るニッチな知識もAIとの壁打ちで上部の会話ができる程度には1時間で仕上がってしまいます。彼らにはどんなエンジニアがかっこよく、魅力的に見えるのでしょうか。
市場がエンジニアに求める価値は確実にビジネスによってくるのだと思っています。WEBサービスを運営するための技術はキャッチアップしていて当たり前、尚且つ事業に貢献するための視座を持ち、エンジニア領域でない人と技術を知る立場として折衝し物事を進めていく、今事業会社の少しレイヤー高めのエンジニアがやっている仕事以外の専門家は、必要な人数が減ってくるのだと思います。
二極化が進む
個人的に、短期的にはエンジニアの特色は二極化が進み、中長期的にはその片方が生き残るのではないかと考えています。片方は今まで行なっていた開発作業を高速に回す人。つまりコーダーとして10倍速の成果を出すような人です。そしてもう片方は思考をし続ける人。抽象概念やプロジェクトの進行をAIと壁打ちし、磨き上げた成果を他者とぶつけ合いながら事業インパクトを出す人。そして中長期的には思考をする側の人がコーダーの仕事を片手間で片付けるようなります。わかりやすくいうと今までの僕のようなSESで正解を想定し終わった仕事に手をつける人が短期的に倍の案件をリリースまで運ぶようになります。上流設計をやっていた人が、AIへの、より効率的な支持を身につけ、AI側もそれに応じる力が増し、サブリーダーくらいの人がすべての実装を完了させます。そこにコーダーと呼ばれるエディタのみと向き合う人の姿はない。こんな状況です。
どんな姿を目指せば
新人の目線で見ると、諸先輩方が、そもそも今後の仕事の進め方に確信を持っていないません。先輩が確信していない未来のキャリアを新人がどう描けば良いというのでしょうか。
おそらく具体的なスキル面は先輩方もお手本にはならないでしょう。かといってエンジニアを志望して目の前の技術を扱うことにモチベーションがある人が、いきなり仕事の何たるかの抽象概念を捉えにいくのも難しいです。
ロールモデルを見つけるのが難しい時代ですが、AIネイティブな社会人として新しいものに人一倍多く触り、自分たちの世代だけで正解を求めていかなくてはいけないのでしょう。
そしてそれは今の30代以降の全ての人にも同じことが言えるのかもしれません。
まとめ
技術革新のスピードは止められず、これからどんなことをすればうまく生きていけるかの具体案は誰にも予測はできなくなりました。最近思う唯一の正解はくよくよ悩まず、その瞬間を全力で生きるということです。こんな言葉そこらじゅうの自己啓発本に書いてありましたが、ようやくその意味がわかってきたのかもしれません。
